Fomula-1 ferrari
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 自動車レースの最高峰であるFomula-1(F-1)は、1レース当たり世界中で約4億人が観戦すると言われています。2004年F-1シリーズで、フェラーリのM・シューマッハが、ドライバーズ部門で史上最多となる7度目の年間総合優勝を決め、フェラーリは6年連続のコンストラクターズタイトルを獲得する偉業を成し遂げました。そのフェラーリにBBSは1992年からレーシングホイールを供給し続けています。

 BBSホイールがF-1進出のきっかけとなったのは、フェラーリとの出会いでした。1990年春、ドイツBBS社からワシマイヤー社に「フェラーリから『テスタロッサ』に鍛造マグネシウムのホイールをつけたいが、そちらで試作品の製作が出来ないか・・・」という連絡が入りました。

 アルミニウムとマグネシウムは当然、性質が違うため、製造工程もまったく同じという訳にはいきません。しかしワシマイヤー社はそれまで積み上げてきた製造技術をベースとして、さらに工夫を加えることで試作品が完成したのです。翌1991年1月16日、イタリア・マラネロにあるフェラーリ本社でその鍛造マグネシウムホイールは公開されました。当時、鍛造マグネシウムホイールを開発していたメーカーはほとんど無く、フェラーリ社の技術陣が世界で初めてBBS鍛造マグネシウムホイールを手にした時、まず何よりもその「軽さ」に驚きの声をあげ、鍛造マグネシウムホイールの開発技術の高さとオリジナリティに驚きました。しかしフェラーリの経営陣はワシマイヤー社に対して、鋳造アルミニウムホイールと変わらない水準の価格を提示し供給を依頼してきました。マグネシウム鍛造という製法がいかにコストが高いかをフェラーリ社は理解できなかったようです。「コストを度外視してまで納入することは出来ない。」とワシマイヤー社はあっさりとフェラーリ社の申し出を断りました。

 その後1991年6月フェラーリ社より、ドイツBBS社を通じてワシマイヤー社に今度は、「F-1用の鍛造マグネシウムホイールを製作してほしい。」との依頼が届きました。世界最高峰の自動車レース。そして世界に名だたるフェラーリ。文字通り、世界最高の鍛造技術を思う存分に発揮できる舞台をBBS&ワシマイヤーは得ることになったのです。フェラーリ社が認めたワシマイヤー社の鍛造技術の高さは、「鍛造」そのものだけではなく、鍛造技術を核としたホイールの製造工程すべてを指しているのです。その中には、スピニング技術(引き伸ばし)も、切削加工も、金型製作技術も含まれているのです。

 1992年当時、F-1チームのほとんどが鋳造マグネシウムホイールを装着していました。フェラーリ社がワシマイヤー社に要求した条件は、それまで装着していた他社製の鋳造マグネシウムホイールよりも10%以上の軽量化でした。(フェラーリ社は10%まで軽量化できるかどうか疑問に思っていたようです)ところが何と、ワシマイヤー社製の鍛造マグネシウムホイールは、それまでのものに比べ、約20%もの軽量化に成功したのです。フェラーリ社の驚きはただごとではなく、しかも強度は従来の鋳造マグネシウムホイールよりも格段に高かったのです。F-1ホイール開発に着手して4ヵ月後の1991年10月、ついにF-1鍛造マグネシウムワンピースホイールが完成したのです。

 世界初のF-1鍛造マグネシウムホイール!それはすぐにドイツBBS社へ空輸され、厳しい検査の後、フェラーリ社へ届けられました。「The meeting with Ferrari on Thursday was very successful.(11月28日フェラーリ社とのミーティングは大成功だった)」というファックスが、ドイツBBS社からワシマイヤー社へ送られてきたのです。内容はそれだけではありませんでした。フェラーリ社より来年から3年間の独占採用を希望するという申し入れがあったのです。フェラーリ社は今まで部品採用契約はすべて1年という慣例を破り、異例の3年契約を申し込んできたのです。“独占”という破格の条件をつけて・・・。

 わずか10ヶ月前、テスタロッサ用鍛造マグネシウムホイールの試作品を持って、フェラーリ社を訪ねた時、「鋳造と同じ価格ならOK」という条件を出してワシマイヤー社を失望させたフェラーリ社が、今度は「3年間独占採用」を条件にBBSホイールを迎え入れたのです。

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